
こんにちは。 東京都立川市の歯科医院「Inoue Dental Clinic」歯科医師の井上貴史です。
当院では、簡単に歯を抜くのではなく、ご自身の歯を長く使い続けるための「歯を保存する治療」に力を入れています。
前回までの根管治療からエクストリュージョン(歯根挺出)への経緯については、以下の記事をご覧ください。→【抜歯と診断された歯を残す選択肢】自由診療の根管治療のエクストリュージョン(挺出)の実際(エクストリュージョン編)
今回は、エクストリュージョンが無事に終了した後の最終ステップである、「被せ物の治療(補綴治療)」の実際の症例について解説いたします。
術前の状態:歯質が歯肉に埋もれた状態
こちらは術前にマイクロスコープ(歯科用顕微鏡)で撮影した画像です。
歯の土台となる部分(歯質)が完全に歯肉に覆われてしまっています。
この状態のままでは、精度の高い被せ物を行うことは物理的に不可能です。

マイクロスコープの角度を変えて見てみましょう。

やはり、歯質が深く歯肉に埋もれていることが分かります。
一般的には「被せ物ができないため抜歯」と診断されやすい状態です。
エクストリュージョンと支台築造(土台作り)後
当院では抜歯を回避するため、エクストリュージョン(歯根挺出)を行い、歯肉の下に隠れていた健康な根っこを上に引っ張り出しました。その後、支台築造(被せ物の土台作り)を行った状態がこちらです。

続いて、咬合面(噛み合わせの面)からの画像です。

ここで、被せ物を長持ちさせるために最も重要な「フェルール」が確保できていることを入念に確認します。
歯を残すための最重要キーワード「フェルール」とは?
歯科におけるフェルール(Ferrule)とは、根管治療後の神経を失った歯において、クラウン(被せ物)の辺縁(マージン)より上に確保される、健康で連続した象牙質の立ち上がり部分を指します。
被せ物がこの象牙質を外側から全周にわたって深く抱き込む(把持する)ことで得られる力学的な補強効果を「フェルールエフェクト(帯環効果)」と呼びます。樽の板がバラバラにならないよう、金属の輪っか(タガ)ではめ込むのと同じ原理です。
臨床的な成立要件
- 高さ: マージンから歯冠側へ1.5〜2.0mm以上
- 厚み: 1.0mm以上
- 連続性: 理想的には全周(360度)。欠損がある場合でも、最低限「機能側」と「非機能側」に存在することが推奨されます。
フェルールの医学的意義
- 歯根破折の防止: 咀嚼時の強い側方圧や、土台(コア)が歯根を押し広げようとする「くさび作用」を打ち消し、応力を分散させます。これが、神経のない歯の長期的な生存率を左右する最大の要因とされています。
- 維持・抵抗形態の向上: 力学的な抵抗力を高め、クラウンが外れてしまう(脱離)のを防ぎます。
- 辺縁漏洩の防止: セメントが溶け出すのを防ぎ、隙間からの細菌侵入(マイクロリーケージ)による虫歯の再発リスクを低減します。
【医学的根拠(エビデンス)】 フェルールの「高さ(1.5〜2.0mm)」に関する代表的根拠
- 論文: Libman WJ, Nicholls JI. “An in vitro fatigue study of cast post and cores and resin-bonded amalgam cores.” The Journal of Prosthetic Dentistry. 1995.
- 結論: フェルールの高さを0.5mm、1.0mm、1.5mm、2.0mmで比較した結果、1.5mm以上のフェルールが存在する場合に、歯根の疲労抵抗性(繰り返し噛む力に対する強さ)が有意に高まることを証明しました。現在の「最低1.5mm必要」という世界的基準の強力な根拠となっている論文です。
ジルコニアクラウンの装着と術前術後の比較
医学的根拠に基づいた確実なフェルールを獲得した上で、今回は審美性と強度に優れたジルコニアクラウンを装着しました。

今回はジルコニアクラウンを装着しました。
最後に、術前と術後の比較です。

他院で「抜歯の可能性が高い」と言われてお悩みだったため、無事に歯を残すことができ、患者様にはとても喜んでいただけました。
この症例の治療概要
- 治療内容: 被せ物治療
- 通院回数: 約3回
- 治療期間: 約1ヶ月半
- 費用(税込): 184,800円
主なリスク・副作用
- 治療中・治療後に一時的な疼痛、腫脹、歯肉の違和感が生じる場合があります。
- 歯根の状態や破折の有無によっては、治療の途中で歯の保存が困難と判断される場合があります。
- 症状や歯根の形態により適応外となるケースがあります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
Inoue Dental Clinic 歯科医師 井上 貴史